家族からの手紙
今日でみなみが天国へ逝って、1ヵ月がたちました。お寺のお上人さまに来ていただいて、家族4人で一緒にお経をあげました。聞こえたでしょうか。みなみのお友達もお花とみなみの好きだったお菓子を持って来てくれました。
2003年9月21日 父より
みなみへ。
みなみのパスポートをもらってきたよ。みなみのサインの下のほうに穴を開けられちゃったけどね。みなみだって知ってるよね、パスポートは本人でないと受け取れないんだよね。5月に申請書を雄に出してもらって夏休みになったら受け取りに行こうねと言ってたのにね。5月30日の発行だったよ。青い表紙の5年用パスポート。お父さんは知らなかったけど、「来年の夏休みにはホームステイでアメリカに行ってみたい」って言ってたんだってね。きっといつか、お父さんとお母さんで、このパスポートを持って、みなみをアメリカに連れて行くからね。
2003年10月9日 父より
今日は長久手の警固祭り、家の前で鉄砲隊が発砲して、朝からにぎやかでした。一昨年のお祭りのときはみなみと二人でビデオを持って見に行ったよね。今日は本当はあの日行くはずだった「踊る大走査線」をみんなで見に行ってきました。お母さんがみなみの写真を持っていってたから、きっとみなみも観たよね。今週で四十九日が過ぎました。お父さんは仕事で帰って来れなかったけど、お母さんと雄がお上人さまと一緒にお経をあげてくれました。みなみは天国へ着いたでしょうか。四十九日の忌があけ、みなみの写真から黒いリボンをはずしました。おとといは先生達が、今日はお友達が来てくれたよ。先生がみなみの写っている場面を編集したビデオを持ってきてくれたよ。近江八幡での友達と楽しそうにしているみなみが写っていました。みなみの事故現場には、今日も誰かがお花を供えてくれてたよ、うれしいね。
2003年10月12日 父より
みなみちゃん、おばちゃんよ。
お父さんが、みなみちゃんに手紙を書けるようにしてくれたから、今日は手紙を書いてみようと思います。
今夜でちょうど2ヶ月になるよ。事故の後、みなみちゃん、よくがんばってくれたね。えらかったよ。
まだ、信じられなくてね。そんなはずはない。そんなはずはない、と今でも、心が言い続けているのです。外はすっかり秋の空になって木々は紅葉してるけど、それすら信じられなくてね。だって、心は、あの日のまま止まっているのに。
なぜ何事も無かったかのように、世の中が続いていくのか、納得できなくてね。あの日ですべてが凍り付いているはずなのに。
ついこの前、おばあちゃんがみなみちゃんの家に遊びに行って、みなみちゃんと二人でクイズやパズルで遊んで来たって、おばあちゃんが嬉しそうに話してくれたばかりだったのよ。
みなみちゃんの卒業文集を読みました。涙が止まりませんでした。言葉になりません。
おばちゃんの頭の中には、あの日からずっと焼き付いて離れないイメージがあってね、もう、それは絵のように鮮明になりました。それは、、、よそ見運転の車と横断歩道のみなみちゃんとの間に、お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんたち、おじちゃんたち、おばちゃんたちが折り重なって山積みになって倒れている絵です。みんなが轢かれてでも、みなみちゃんを護りたかったよ。これから夢いっぱいの将来があるみなみちゃんを護ってあげたかったよ。
お兄ちゃん達だって、いとこの二人だって、同じ気持ちだよ。だって、だって、みなみちゃんが一番年下なんだもの。可愛い妹なんだもの。
おばあちゃんは、毎朝、「般若心経」をあげています。一文一文に心をこめてね。寝る前にも、みなみちゃんに話しかけているそうです。きっとみなみちゃんに伝わってるよね。
おばちゃんは、ほら、朝夕の犬の散歩の時にね、これからも、毎日、話しかけるからね。
「みなみちゃん、よしよし。 みなみちゃん、大好きよ。 よしよし。」ってね。
原口友子(2003年10月17日)
みなみへ
今日、加害者の会社が契約している保険会社の担当者と2回目の話合いをしました。出来るだけ早く、できれば年内にも、すべてを終わらせたいと思ってたけど、そんなに早くはとても行きそうにありません。時間がかかるけどごめんね。「みなみは少しも悪くないんだ」って、一生懸命頑張るからね。
2003年10月28日 父と母より
みなみへ
お父さんが一番お世話になった先輩の一人、森本勲夫先生がみなみの住む天国に昇られたそうです。昨日、お母さんと森本先生お元気かなと話していたところでしたが、今日知りました。お父さんとお母さんが大分で知り合った頃から、ずっとお世話になった先生です。少し猫背で、目がギョロッとしてるけど優しいおじさんです。天国ではみなみの方が少し先輩だけど、きっとみなみの事を可愛がってくれるから「松本みなみです」って、会いに行ってください。
2003年11月14日 父より
みなみへ
今日は磐田スタジアムへジュビロの応援に行きました。みんなで応援したかいあって、逆転でジュビロが2−1でガンバ大阪に勝ったよ。みなみの写真をお母さんが持っていったから、きっとみなみも一緒に応援してくれたよね。来週、横浜に勝てば優勝だよ。みなみが天国に逝って、昨日で3ヶ月でした。お寺のお上人様に来ていただき、みんなそろってお経をあげました。聞こえたよね。お友達も来てくれたよ。道路には誰かがお花を持って来てくれていたね。
2003年11月21日 父より
みなみへ
昨日でみなみが天国へ逝って100日が過ぎました。お寺のお上人様に来ていただき、お父さんとお母さんと雄で、百ヶ日の法要のお経をあげました。大は期末試験で学校だったけどね。天国は寂しくないかな。森本先生には会えたかな。ちさちゃんが手紙に書いてくれてたけど、お友達できたかな。
2003年11月29日 父より
みなみへ
今日、警察からみなみの自転車を返してもらってきたよ。5月の誕生プレゼントにあちこち見に行って、何時間もかけて選んで買って、とっても大事に乗ってたのにね。前輪を支えるフロントフォークが片方外れて、フレームがずいぶん曲がってたよ。前のほうに自動車が当たったんだね。ハンドルも後ろを向いていて、サドルも横向きだった。ひと言も「痛い」って言えなかったけど、痛かったよね。もうあれから4ヶ月、2003年が終わろうとしてます。今日は天皇杯サッカーの準決勝でジュビロがエスパルスに4−2で勝って、元旦のセレッソとの決勝に進んだよ。リーグでは最後で優勝できなかったけど今度こそ優勝できるように、みなみも天国から応援するんだよ。
2003年12月27日 父より
松本みなみ 様
みなみちゃん、新しい年になったよ。でもねえ、みんなの時計はあの日のままです。みなみ、みなみ。
おばちゃんは散歩の時いつも空を見上げて呼びかけてるよ。いろんなこと話すの、きっと聞こえてるよね。笑顔が見える気がする時があるもの。いつかみなみとまた会える日まで、毎日話しかけるからね。犬の散歩にもつきあってね。
大掃除をしていたら、スピードのCDが見つかったのよ。おばちゃんに覚えられる歌あるかしら。散歩の時歌いたいなと思ってね。
みったん、これからもずっとずうっと大好きよ。おばちゃんのたった一人の可愛い姪です。みなみの好きな水色のお花を添えて。。。
2004年1月1日 FROM:
原口友子
みなみへ
半年になるね。大切なものはもともと目には見えないものが多いわよね。友情も思いやりも優しさも、ね。だから、目には見えなくても心と心はしっかり通じ合っていると信じています。みなみ、みんなで頑張ろうね。みなみは決して一人じゃないからね。みなみが寂しくないように、みなみのおうちでも、九州でも、おばちゃんちでも、毎日いっぱいみなみに話しかけてるからね。きっと聞こえてるよね。おばちゃんは、みったんの照れた笑顔がとっても可愛いくて大好きだから、みなみが天国でお友達に「みなみ、みなみって、みったんが一番呼ばれるね〜。」って言われたら恥ずかしそうにニコッてあの笑顔をみせてくれるだろうと思ってね。それでおばちゃんは、一日に何度もみなみに話しかけるようにしてるのヨ。お友達に「ほら、また、みったんのおばちゃんだよ。」って言われたら、みなみは照れてつい笑っちゃうでしょ。
みなみ、しっかり勉強するのよ、落ち着いてね。天国には、生徒たちに惜しまれながら志半ばで病に倒れた中学の先生も大勢おられるでしょう。みなみと同じように、ある日突然交通事故で命を落とされた立派な先生方もおみえになるでしょう。(事故も病気も人を選んではくれないことを思い知ったからね。)そういう先生に教えて頂きなさい。みなみは学校が大好きだったから、今もきっと学校に行っているはず。だって、みなみと同じように、なんにも悪くないのに事故や病気で逝った純真無垢な子供たちがいっぱいいるんだもの。勉強はね、就職するためにするもんじゃないのよ。人として立派になるために、自分の心を磨くためにするものなのよ。だから、みなみ、頑張れ。
おばあちゃんは、四十九日の法要の時にお経の本をもらったんだって。お経をあげてからじゃなきゃご飯を食べる気がしないって言ってネ、毎朝その本を見てお経をあげてるの。上手じゃないから何十分か、かかるんだって。おばあちゃんも毎日みなみのことを一生懸命思ってるからね。みんな、そうだよ。翠も梅干しのお菓子を買ってきたらみなみにお供えしたよ。みんな、みなみが一番大好きだからね。みんなで心を一つにして頑張ろうね、みなみ、よしよし、よしよし。
2004年2月21日 原口友子
みなみへ
今日は「生命のメッセージ展」 にお母さんと二人行ってきました。交通事故や犯罪などで亡くなった人たち120人の等身大の白いボードと靴とメッセージが展示してありました。天国での,]みなみの友だちがたくさんいました。みなみは一人ではありません。たくさんの仲間がいます。メッセージを一つ一つ読みながら涙が止まりませんでした。そのうちにみなみの展示も出すからね。
昨日は、ジュビロが横浜にPKで勝って、ゼロックススーパーカップ2連勝したね。みなみも一緒に応援してくれたよね。今週は大の卒業式だよ。お母さんと中学校に行くからね。みなみもみんなに会いに一緒に行こうね。
2004年3月7日 父より
松本みなみ 様
このお花はヒマラヤのケシの花なんですって。珍しいし水色だし、気に入ってくれたかな。おばちゃん家には、みなみの好きな水色のデルフィニウムと鉄砲ユリを飾っています。ユリの香りが部屋をやさしくしてくれています。 先週大牟田のおばあちゃん家に帰ってきたよ。おばあちゃん毎朝なが〜くみなみとお話してるね。そして、神様と仏様に長々と深々と頭を垂れて、みなみのことをお願いしてた。あんなに長い間頭を下げてたら、脳に悪いんじゃないかと思って心配になったけど、おばあちゃんの気持ちを思うと「もう止めたら」とは言えなかったよ。
19日の朝の散歩の時は,なぜか涙がぼろぼろこぼれてネ。そりゃ、いつも軍手で目を拭いてるけど、あの日はいつもと違ってた。それで、おばあちゃんに電話してみたら、「あと10分で和尚人様がみなみの家においでになる時間だから、座ってた」っておばあちゃんが言うの。お彼岸だから今月は21日じゃなかったのね。おばちゃん、嬉しかったよー、みなみ。ちゃんとみなみと繋がっているんだなって思った。みなみ、ありがとう。
2004年3月22日 原口友子
みなみへ
大が高校に合格したよ。みなみもきっと天国からパワーを送ってくれたんだよね。ありがとうね。今年はジュビロも勝ち続けてるし、何だかいい感じだよ。きっとみなみも喜んでくれてるよね。お彼岸の日はお寺には行けなかったけど、お上人様に来てもらって、みんなそろってお経をあげたよ。聞こえたよね。もうすぐ、桜の季節になるよ。今日はゴンチにすごく大きなタンポポの株を取ってきてあげたら、さっそく寄ってきて食べてたよ。
2004年3月23日 父より
みなみへ
もう4月、桜の盛りは過ぎたけどタンポポがアチコチに咲き誇って、ゴンチにとっては最高の季節だね。3月の末には青木先生と宮道先生と校長先生が来てくれたよ。お友だちが 「生命のメッセージ展」 のHPの天国への手紙の欄にみなみへの手紙を投稿してくれているのをお母さんが見つけたよ。お友だちからの手紙、うれしいね。よかったね、
2004年4月13日 父より
みなみへ
今日は「弘法さま」の日。朝から家の前に小さい子を連れた車がたくさん止まり賑やかでした。みなみも少し前までお菓子をもらいにお友だちと行ってたよね。今日は石黒先生からメールが来たよ。
2004年4月18日 父より
みなみへ
21日の日はお上人様に来ていただいて、みんなでお経をあげたよ(大は学校でいなかったけどね)。今日はサッカー女子代表が北朝鮮に3−0で勝って、アテネオリンピック出場を決めたよ。きっと、みなみも会場へ行って応援してたんだろうね。本番のオリンピックが楽しみだね。みなみは空を飛んで応援に行くのかな。
2004年4月24日 父より
みなみへ
14歳の誕生日おめでとう!
5月7日
雄と大と父と母より
みなみちゃんへ Sat,
8 May 2004
ちょうど、昨日の朝、比佐おばさんと今日はみなみちゃんの誕生日だねと話をしていたところだったけど、今日、お父さんとお母さんから、立派なファイルを貰ったよ。僕らは、時々、ホームページで見せてもらっていたけど、大牟田の両親はとても、喜んでると思うよ。僕らに出来ることは、少なくとも自分たちが事故の加害者にならないように気をつけることだけだけど、どんなに眠くてもガムをかんで、運転しているよ。
では、
直人&比佐
みなみちゃんへ、
今日は日本に台風が来たね〜。みなみもびっくりしたでしょ。台風が過ぎたら、真夏のような日差しが、、、そして、今日の夕焼けの太陽はいつもよりとっても大きかった。太陽はずっと遠くにあるのに地球まであんな真っ赤な夕焼けを送ってくれるよね。おばちゃんも、太陽に負けないくらい、真っ赤な、あたたかな、やさしい夕日をみなみに送るからね。毎日、毎日、送るからね。
みなみ、5月はいろんな行事が続いて辛かったねぇ。悲しい時は我慢しないで泣いていいのよ。そんほうが気持ちが楽になるから。でもね、絶対みなみを一人で泣かせはしないから。みんな一緒よ。み〜んな、一緒よ。ねぇ、みなみ。・'.よし、よし。 .:*:・'゜★ 。よし、よし。.:*: ・'゜
14歳、おめでとう。 :*: 。.:*:・'゜☆。.:*:・
2004年5月22日 原口友子
みなみへ
北海道へナキウサギを見にお母さんと2人で行ってきたよ。みなみもきっと一緒に来て、ナキウサギ見たよね。すぐそばにナキウサギ出てきたよね。ピー、ピー、ピー、ピー、ピーって、たくさん鳴いたよね。キタキツネもエゾシカもシマリスも見たね。クマには出会わなくて良かったよ。お友だちが、また、メールをくれてたよ。うれしいね。御手洗怜美ちゃんに会ったかな。みなみは生まれてなかったけど、お父さんとお母さんは佐世保の時に結婚して、雄は佐世保の頃生まれたんだよ。みなみの方が2歳お姉さんだね。仲良くするんだよ。
2004年6月15日 父より
みなみへ
今日、地検の担当検事さんから電話があって、正式裁判にしてくれるそうだよ。なぜ、こんなことになったのか、裁判の中でわかるといいな。加害者も事故の瞬間を見ていないし、みなみだけが真実を見たんだろうね。来週、お母さんと2人で検事さんに会いに行ってくるね。6月21日には台風の中、お上人様が来てくれて、みんなそろってお経をあげたよ。聞こえたかな。
2004年6月25日 父より
みなみへ、
正式裁判が行われることになったってね。おとうさんの書き込みを昨日読んで、すこし嬉しいです。ひさしぶりに、神様に少しだけ感謝する気もちになったよ。おばちゃんは、去年まではね、ずっと八百万(やおよろず)の神様も、お天道様も、天地金の神様も、仏様も、キリスト様も全部信じていたの。すべての神様に感謝していたのよ。なのに、信じられなくなった!
このところ、「神」の存在を思うとき、神様を責めてばかり。「どうして?」と責めずにいられないのよ。あんな愚かな運転をする人の前では、神の力をもってしても叶わなかったんだと、思おうとするんだけど、、、まだそうは思えない。悔しい。裁判できちんと裁いてほしい!みなみの交通事故のことは、翌日の新聞に載らなかった。ガス爆発かもっと大きな交通事故が名古屋であったために、新聞一紙にさえ載らなかった! だから、きちんと裁判が開かれることが決まって、久しぶりに神様に少しだけ感謝できそうです。
2004年6月29日
原口友子
みなみへ
今日、お母さんと2人で地検の担当検事さんに会って来たよ。お父さんが書いた手紙も、みなみの本もよく読んでくれたようで、加害者には禁固・懲役を求刑すると言ってくれたよ。良い検事さんに当たったようだね。加害者が実刑になってもみなみが帰って来れるわけではないのが悲しいね。
毎日暑くてゴンチも昼間は辛そうだけどけど元気だよ。みなみの代わりにお母さんと雄がよく撫でてやってるよ。
2004年7月1日 父より
みなみへ
中国から帰ってきたよ。きっと、みなみもお父さんの肩に乗って、ついて来てたよね。ナキウサギもヤクもマーモットもノウサギもアムネマチンの雪山もみんな見たよね。それから最後にアジアカップの日本代表の試合も一緒に応援してくれたよね。昨日は大牟田のおばあちゃん、おじいちゃん、おばさん、大分のおばあちゃん、おじさん、福岡のおじさん、おばさん、つくばのおじさん、おばさん、翠と敦史、みんなみなみに会いに来てくれて楽しかったね。写真の中でみなみが笑っていたのが分かったよ。お友だちからも、森先生からも手紙が来たね。うれしいね。お盆の間は天国からおうちに帰って来ていいんだよ。みなみ知ってたかな。
もうすぐ、みなみが悲しい事故にあった日が来るよ。きっとみなみもあの場所に来るね。お父さんも行くからね。
2004年8月10日 父より
みなみへ、
昨日は九州からも関東からもみんな、みなみの家に集まったよ。おばあちゃんたちは前の日から名古屋に行ったし。大牟田のおばちゃんは朝3時半に起きたってよ。(笑い) ほら、みなみもよく知ってるよね。まさえおばあちゃんをずっと守ってくれたおばちゃんよ。お正月とかお盆とか大牟田に帰る度に、みなみもまさえおばあちゃん家によく行ったもんね。遠いのに来てくれて嬉しいね。
福岡のおじちゃん・おばちゃんは4時だと思う。実はおばちゃんも4時。翠や淳史も4時半には起きたよ。(ビックリでしょ?いつもなら考えられないネ!) みなみのためなら、みんな何時にだって起きれるんだよ。(^^)
みなみのカレンダーを見てたら、8月2日のところに、「おばあちゃん来る!」とみなみの書き込みが!あの時おばあちゃんは、おばちゃん家からみなみの家に寄って、大牟田に帰ったんだったよね。みなみは、カレンダーに書き込んで、おばあちゃんが来るのを楽しみに待っていてくれたのね〜。そして、楽しく遊んだんだよね。おばあちゃんがすごく喜んでたよ〜。みなみ、ありがとうね♪ あの時みなみと楽しく過ごした思い出が、おばあちゃんの心を支えてくれているのよ、きっと。裁判が決まったって知らせたらね、みなみも動揺せずにいられないだろうからって翌朝はあの本に載っているお経を全部上げたと言ってたよ。おばあちゃんはみなみの応援団だからね。心配いらないよ。そんなこと、みなみ、とっくにわかってるよね。
みなみの写真、すごく可愛いのがあったよ。友達と手をつないで運動場を走ってるの。珍しくはじける笑顔でニコニコして走っている可愛いみなみ。おばちゃん、あれが一番好きかなぁ。走るのが大好きなみなみ♪笑顔が可愛い♪ みなみの、陸上部の試合用運動靴とランニングシャツを、いっぱい撫でてきたよ。おばちゃん、嬉しかった。みなみを撫でているようで嬉しくて、いっぱい撫でてきたよ。
みなみ、おばちゃんね、昨日つくづく思った。お父さん・お母さんはいつまでもいつまでもみなみを可愛がり続ける。お兄ちゃんたちもそう。そして、昨日集まったみんなそう!ちゃんとみなみと心が繋がっているもの。みなみが寂しくないよう、みんなでニコニコ光線を送るから、大丈夫だよ、みなみ。みなみは安心してニコニコしていていいのよ。わかったね、みったん♪
2004年8月11日 原口友子
みなみへ
今日、8月13日はちょうど1年前みなみが事故にあった日だよ。午後2時40分、道路に行くからね。どうしてあんな事故にあったのか、きっと、みなみにも分からないんだろうね。みなみはちっとも悪くないよ。お父さんは信じてるよ。
2004年8月13日 父より
みなみへ
今日は中学校の先生方が来て下さったよ。宮道先生、青木先生、森先生、うれしいね。学年通信も持ってきてくれたよ。その中に、2年生は153名+1名(皆の心の中に生きる「松本みなみさん」)と書いてくれてたよ。ありがたいね。道路にもお花をたくさん供えてもらってたよ。みんなみなみのことを覚えてくれてるよ。明日は8月21日、みなみが天国に旅立ってちょうど1年が来るね。みなみが毎年楽しみにしてた長久手のお祭り、花火大会だよ。みなみの送り火だね。今年は空の上の特等席から見れるね。それから、今夜は女子サッカーの準々決勝アメリカ戦だよ。みなみも応援してくれるよね。
2004年8月20日 父より
みなみへ
みなみ、もう1年になるのね。おばちゃん今ね(20日から21日にかけての夜)辛すぎて元気がないからもう寝ようと思って、床についてたんだけど、辛くて眠れないの。眠る気にならないの。それで、みなみに手紙を書こうと思ってまた起きてきたわ。
ついこの前のことのような気がするね。あの日で心の時計は止まったままなのに、1年が過ぎたなんて。これから一日一日をどうやって暮らしていけばいいのか、全く自信がなくて、とにかく、その日一日を何とか、という思いで一日一日過ぎてきたのよ。みなみの葬儀の日は、「こんなことが現実にあっていいんですか?嘘でしょう、神様!」と叫び続けてた。あの日に心が凍り付いてしまって、まだ全然溶けないの!!!!!!!!!!!
「どうして!?! どうして!?!」ってずっと思って毎日過ごしてきたけど、お父さんの、みなみへの手紙を読んで、アッと思ったの。そうだよね、「どうして!どうして!」と一番聞きたいのは、みなみだよね。みなみが一番納得できないよね!!!!!
この前、おばちゃん、事故現場に立ってよ〜く見てきたのよ。横断歩道を渡ったところに、小さな赤いポストがあった。あの時のまんま。文通好きのみなみは手紙を出しに、よくあのポストに行ってたんだよね。いつも渡り慣れていた横断歩道、、、。みなみは慎重な女の子だから、左右を見ずに飛び出したんじゃないってよくわかってるよ。信号は無いから、車との距離で、渡れるか待つか、判断してたんだよね。あの時も運転手が前を見てさえいたら、ちゃんとみなみに気づいて減速し、何事も起きなかったんだわ。だいたい、事故が起きるような狭い道じゃないんだもの。ねえ、みなみ。あの道路で事故が起きるなんて、よっぽどひどい違反運転をしなけりゃあり得ない。きちんと整備された大きな道路よね。「死亡事故現場」の立て看板が信じられないほど、きちんと整備された大きな道路!
あの人が、まさか助手席に置いている書類を見ながら運転しているなんて、みなみには想像もできなかったよね。だって、車と距離がありすぎて、みなみからは見えないもの!おばちゃん横断歩道に立って、そのこともちゃんと確認してきたからね。みなみからは、運転手が前をむいてるか横をむいてるかなんて、距離が遠くて、見えないわ。
まさかブレーキも踏まずに下り坂をつっこんでくるなんて、思いもしなかったよね。前を見ないで運転する大人がいるなんて、夢にも思わないよね。おばちゃんも信じられないのよ。まさか、そんなひどいこと!!!
交通事故って、不公平だよね。前方を見ずに運転していた人間は死なないで、運転手と会ったこともない、罪もけがれも知らない子供の人生が突然寸断される。こんなことが起こっていいの?世の中間違っている!それなのに、新聞を見ると毎日のように交通事故の犠牲者が後を絶たない現実。交通事故は人を選んでくれないんだなーーーーと、おばちゃんは思い知りました。こんなにいい子を、こんなに心優しい子を奪った違反運転!医師の父親と元看護婦の母親の愛情をたっぷり受けて、すくすくと成長していたみなみ。事故さえに遭わなければ、どんなにまぶしい女性に成長したことか!きっと世の中のお役にも立てたでしょう。そして、父親がこのホームページの冒頭に書いているとおり、みなみの人生はおばあちゃんになるまで続いていたでしょう!!!!!!!!!!!!!!! 私達家族の中で一番最後に生まれてきた「平成生まれ」
のみなみは、当然一番長生きのはずだったのです!
悔しいね、みなみ!!!!!!!
あの日からずっと、みなみと家族と心を一つにして、なんとかここまで頑張ってきたよね。「なんとか、やっとのことで」っていうのが、正直な気持ちよね。みなみも本当によく頑張ったと思う。みなみ、えらいよ。なんの心の準備もなく天国に行って、きっと悲しかったけど、すごく勇気を出して頑張ったんだってこと、ちゃんとわかってるわよ。 大好きなお父さんやお母さんの肩に、しっかりつかまっているのよ。おばちゃん家にも遊びに来てね。おばちゃんの犬の散歩にもつきあってね。
これからも、みなみと、お父さん、お母さん、お兄ちゃんたち、おばあちゃんたち、おじいちゃん、いとこたち、おじちゃんたち、おばちゃんたち、みんなで心を合わせて頑張っていこうね。みんなでみなみを可愛がるからね。だって、みんな、みなみが可愛くて可愛くたまらないのよ。みなみが見えても見えなくても、そんなこと、ちっとも関係無い。心はしっかりと繋がっているもの!可愛いみなみをみんなでずっと可愛がるからね。
2004年8月21日 友子
みなみへ
みなみ、明日やっと裁判の日が来るね。
加害者がどんな顔でやってくるか、どんな顔の人なのか、よ〜く見てみたいわ。
それにしても、「加害者」とい表現は不適切ね。
その人は、みなみに「害」を与えたどころじゃない!
大切な、大切なみなみの命を奪った人なのだからか、「奪命悪者」こそ適切だと思います。
明日みなみも絶対来るよね。おばちゃんも行くからね。よしよし、お休み。
2004年9月14日 原口友子
みなみへ
今日、加害者の刑事裁判にお母さんと2人で行ってきたよ。友子おばちゃんもわざわざ来てくれたよ。担当の検事さんはお父さんたちの気持ちを良く理解してくれて、加害者に「事故の原因をあなたの口からもう一度言ってください」と言ってくれたよ。裁判官も事故の責任を厳しく問いただしてくれたよ。でも、どうしてあんな事故にあったのか、事故の直前のみなみの様子は加害者も見ていない、今日の裁判でも何も分からなかった。みなみはちっとも悪くないよ。お父さんは信じてるよ。友子おばちゃんにみなみは会いに行ったんだってね。1回目は一人で走ってた、2回目は女の子の友だちと2人で、3回目は男の子の友達もいて3人で走ってたんだってね。お友だちの名前も紹介してくれたんだって。天国でも走ってるんだね、頑張れよ。
2004年9月15日 父より
みなみへ
今日でみなみが天国へ旅立って1年と1月。昨日はお寺のお上人様に来てもらって、家族みんなでお経を上げたよ。聞こえたかな。天国で元気にしてるかな、一緒に走る友達できたかな。みなみはまだ知らないこと、解らないことがいっぱいあるから天国でも勉強もするんだよ。
2004年9月21日 父より
みなみへ
急に寒くなってきたね。天国には季節はあるのかな。今日でみなみが天国へ旅立って1年と3ヶ月。昨日はお寺のお上人様に来てもらって、家族4人そろってお経を上げたよ。聞こえたかな。ゴンチも元気だよ。冬に向けてよく食べて丸くなってきたよ。タンポポをあげるとヒョコヒョコ出てきてシャクシャク、モゴモゴ食べるよ。今週の水曜日には加害者の裁判の判決が出るよ。傍聴に行って、また、報告するからね。
2004年11月21日 父より
みなみ、おはよう。
今日、みなみも裁判所に来るでしょうね。
おばちゃん、今日は来られないでごめんね。
裁判長の口から、はっきり、うちのみなみは全然悪くなかった、と言ってほしい!
みなみの名誉を守ってあげたい!
それだけです!
一人でも目撃者がいてくれれば、、、と何度思ったことか!ねえ、みなみ。
みなみは、何にも心配しないで。
もしたとえ裁判長が、それは証明できないと言ったとしても、
お父さん、お母さん、お兄ちゃんたち、おばあちゃんたち、、、、、おばちゃんもよ〜くわかってるよ。
みなみはぜんぜん悪くなかった!!!!!!
じゃあ、みなみ、おばちゃん、仕事に出かけるね。
2004年11月24日 原口友子
みなみへ
新しい年が来たね。加害者に「禁固2年6月、執行猶予4年」の刑が出たよ。脇見運転でみなみをはねておいて、どうして刑務所に入らないで済むのか、本当はおかしいけど、これでも今の法律では厳しい刑なんだって。みなみはどう思ってるかな。
お父さんは中国青海省に冬のナキウサギを見に行って来たよ。みなみも一緒に来てナキウサギ見たかな。寒かったね。森先生がまた手紙をくれたよ。道路にもお花を供えてもらってたよ。みんな、みなみのことを忘れないでくれてるよ。うれしいね。
2005年1月2日 父より
☆みなみへ☆*^^*
みなみ、2005年になったね。
おばちゃん、このごろ、散歩の時ね、「みなみ〜、おはよう〜♪」って、みなみにだけ言ったら、クラスのみんなに悪いかなと思って、みんなにも、「おはよう♪」って言ってるでしょう。
みんなニコニコ顔で挨拶してくれている気がする。すごくいい子ばっかりみたいね。
12月はみなみに手紙書かなくてごめんね。
クリスマスだ、お正月だ、と、世の中が騒いでいる時は、力が出なくてね。
そういう時は無理せず、ぼう〜っと、じっとしているの。
「明けましておめでとう」なんて、まだ言えないもの、、、。年賀状も1枚も書く気にならなかった、、、。
これからも毎日犬の散歩の時おしゃべりしようね。
やっぱり天気が晴れの日が話が弾むよね!
みなみのお父さんが子供だった頃の話とか、、、、
あ、英語を教えた日もあるよね。みなみは英語が好きだから。
みなみ〜♪これからも、おばちゃんのおしゃべりの相手、ヨロシクねー。
3匹がお行儀良く散歩するように手伝ってねー。
おばちゃん、静岡に引っ越しするかもしれないの。3匹飼える家を探さなきゃねー。
みなみの家に近くなるね。
2005年1月15日 友子
☆みなみへ☆
みなみ、今日は21日ね。
おばちゃんちに今おばあちゃんが来ているから、みなみも遊びにおいで!今日はチョコレートを買ってきたよ。ミルクのとイチゴの。明日は梅を買ってこようね。おばあちゃんね、毎日治療に行っているのよ。今日は負担のかからない歩き方を教わったって。少しずつ良くなっているみたい。だから、みなみ、遊びにおいでよー。
2005年1月21日 友子
みなみへ
今日は春のお彼岸とみなみの月命日、お寺のお上人様に来てもらって、みんなでお経をあげたよ。大地は部活でいなかったけどね。天国まで届いたかな。ゴンチは元気だよ。今はタンポポも無くて野菜しかあげられないけど、ニンジンもキャベツの青い葉っぱもパクパク食べるよ。この前はお友だちが久しぶりに来てくれて嬉しかったね。手作りのお菓子とお花をもらったね。長中は卒業式も終わって、みんなは3年生になるんだよ。森先生がメールをくれてたよ。
お父さんは今日交通事故の現場に行き会ったよ。6年生の女の子だったよ。額と手から血が出てて、ビックリして痛いよう痛いようって泣いてたよ。自転車に乗ってて、タクシーにぶつけられたようだったよ。タクシーの側に靴が片っぽ落ちてて、曲がった自転車が倒れてたよ。名前も電話番号も言えたし、額に大きなこぶが出来てるだけで大丈夫そうだった。すぐに救急車が来たんで救急隊の人に任せてきたよ。みなみもあのくらいで済めば良かったのにね。
2005年3月21日 父より
みなみへ
15歳の誕生日おめでとう。天国で元気にやってるかな。陸上もやってるかな。みなみの誕生日に間に合うように中国から帰ってきたよ。森先生やお友だちからメールをもらったよ。良かったね。みんなもう3年生だよ。修学旅行があるんだってね。みなみもきっとみんなと一緒に行くんだろうね。これから、誕生日のケーキカットをしようね。お誕生日おめでとう!
2005年5月7日 父より
☆みなみへ☆
みなみ、お誕生日おめでとう!!15歳になったのね。きっとますます心優しい、清らかな、さわやかな女の子になっていると思います。おばちゃん、長いこと手紙を出さなくてごめんね。もう二度と引っ越しすことは無いと思ってたから、準備が大変だった。そして、新しい土地で新しい生活を始める大変さも予想以上だった。おばちゃんが富士に引っ越ししたこと、もう知ってるよね。犬の散歩の時にみなみに話してるものね。名古屋に、みなみのお家に、近づけて嬉しいよって。、、、もっともっとたくさん、10代の楽しい時期を送らせてあげたかった。、、、ぜんぜん楽にならないわ。みんな、心の時計が、あの日で止まってるのよ。「どうして?どうして??どうして、何の関係もない赤の他人の無謀運転のせいで、みなみの人生が断ち切られなきゃならないの??!!!!!」 全くわからない!未だに、さっぱりわからない!!! 悲しみを癒せるのは月日だけだ、なんていうのは、嘘だなーとこの頃思います。時間が経てば癒されると思うのは、無関係のない人たちだけ。そんなもんじゃない!!!そんな単純なものじゃない!!!! あの後、みなみの14歳の誕生日が来て、15歳の誕生日が来て、、、全然わからない!!! なぜ?なぜ?どうして??さっぱりわからなくて、心は血を流し続ける。全然答えが見つからない!未だに、さっぱりわからない! わかるのは、悔しくてたまらないというこの気持ちだけ!そして、みなみをこれからもずっとずっと大好きということだけ。
離さない!みなみの可愛い手を私達は離さない!いつまでも、いつまでもしっかり握り続けて、みなみを可愛がる!みなみ、頑張っていこうね。ずっとずっと大好きだからね。☆。.:*:・'゜★*。.:*:・'゜☆。.:*:・'
2005年6月17日 原口友子
☆みなみへ
とうとう明日になったよ。みなみも一緒に行くんだよね。
みなみの写真はもうパスポートと一緒にファイルに入れてるよ、絶対忘れないようにと思ってね。
おばちゃんの大学の学生さんたちがアメリカにホームステイに行けるようにするための最終的な打ち合わせをしに行くのに、一番行かせてあげたいみなみを、、、うちのみなみを、、、ホームステイに行かせてあげられなくて、、、。
みなみは、パスポートを取ってたのに!
みなみ、みなみのアメリカのいとこのうち、女の子のAlisonと Lindsyはみなみと年が近いのよ。
みなみは、二人のちょうど間だと思う。どんな女の子かちょっと楽しみでしょう?
二人ともすごくきれいな金髪で、青い目よ。
それから、男の子のAndrewはみなみよりずっと年下よ。9歳だと思う。
サンフランシスコに着いたら、緑の豊かな小さな町に行くから、
楽しみにしていてね。
みなみ、おばちゃんと一緒に行こうね。 2005年7月18日 原口友子
みなみへ
今日でもう2年だよ。今日も2年前のあの日と同じくらい暑い日だったよ。今日はお盆だからお家に帰って来ていいんだよ。みんなと一緒に過ごそうね。血の池公園で盆踊りがあるよ。太鼓の音が聞こえてるよ。カキ氷がタダなんだって。みなみさみしくないかな。
2005年8月13日 父より
☆みなみへ☆
久しぶりに手紙を書いてるけど、「お久しぶり!」とは言わないわよ。だって、犬の散歩の時にいろいろしゃべってるもんね。なんだかこのところ、みなみに相談してばっかりだよねー。おばちゃんが「みなみぃー!」って呼ぶと、みなみはいつもニコニコしてる感じ。このところ、星空の下での散歩が多くて、「みなみ、ホラ、北の夜空だけいっぱい星が見えるね〜!不思議ねー。」ってみなみと言ってたんだけど、なぜかわかったんだよね。富士山には電灯がほとんどないから、北の空だけ暗いからだって、いつのまにか、二人でわかったんだよね。あれは、みなみと二人で「ううん、、むむムム、、、」と頭を働かせて、知恵を絞り出したんだと思う。あるいは、みなみのお父さんは山が好きだし、みなみや雄や大をよくキャンプに連れて行ったから、みなみはお父さんから聞いて知っていたかも。それで、みなみはずっとおばちゃんに教えてくれてたんだけど、にぶいおばちゃんにはすぐには伝わらなくて、やっと通じたのかも。もしそうだったら、ごめんねー、みなみ。おばちゃん、ぼうっとしてて。
それにしても、10月であんなにきれいなんだから、冬になったらもっときれいだろうねー。この前何度か、おばちゃんは真夜中の12時すぎに散歩したけど、あの時は、みなみ、寝てたみたい。深夜だから声には出さずに「みなみぃ、、。」って心の中で呼んでみたけど、全然反応が無かったもの。いつもだったら、にこにこしたみなみの顔が浮かんで心があたたかくなるのに、深夜だと、応答がなかった。ああ、もう寝てるんだなーと思ったのよ。どこで寝てるんだろうと思ったら、涙が出てね。みなみが寝てる姿が見えたらどんなにいいか、と思ったら、涙が止まらなくてね。ごめんね、みなみ。おばちゃんはみなみにニコニコ光線を送ると決めているのに!ごめんね。
みなみ、夏、嬉しいことがあったね。アメリカで、大学のキャンパスの中にある保育園を見学に行った時、急に心の中がぽわ〜っとあたたかくなって、みなみが目をきらきら輝かせて、”ニッコニコ”している笑顔が浮かんできたの!「あー、みなみ、嬉しいのねーー。」っと、思った。アメリカのちっちゃな子供たち、可愛いかったねー!幼い子は動きがまだスローな感じで。金色のタキシードを着ている3歳くらいの男の子が近寄ってきた時だけは、びっくりしたよネー!「えっ、何?この格好は?!?」好きな子は変装して遊べるように、お姫様の衣装や海賊の衣装からネズミの衣装まで、いろいろ置いてあったわね。アメリカの保育園って楽しそうだったね。
8月末アメリカから帰ってきて、9月になっておばあちゃんに電話した時、みなみのお父さん、お母さんが今ドイツに行ってるって聞いたのよ。「ふわぁ〜、じゃぁ、みなみ忙しいねぇ。アメリカ行って、今はドイツだねぇ。」って、おばあちゃんと話してたのよ。ドイツに住んでた時みなみは小さかったから、覚えている風景はあったかしら?でもなんとなく懐かしかったでしょう?
2005年11月3日 原口友子
みなみへ
ずいぶん、間があいてごめんね。今日はクリスマスイブ、天国では本場のお祭りかな。みなみの所へはサンタさんは何を持って来てくれるのかな。今年は寒くてもう2回も雪が積もったね。ゴンチは雪が積もるとなんだか嬉しそうにしてるよ。みなみもきっと雪が積もると喜ぶ方だね。10月にお母さんと2人でドイツに行ってきたよ。バドナオハイムの研究所へ行ってきたよ。みんなと住んだ半地下の家はそのままだったけど、家の前の庭はすっかり変わってしまってて少し悲しかったね。みなみはプレシカ先生覚えてるかな。病気だけど、元気だったよ。お父さんは11月の名古屋シティーマラソンの10kmを走ったよ。人がいっぱいでなかなか前へ行けなくて苦しかったけどゴールできたよ。みなみもきっと一緒に走ってくれたよね。来年はお母さんも4kmに出ると言ってるから3人で走ろうね。みなみのお友達も中3で受験生だよ。みんな志望校に合格してくれるといいね。天国から、みんなを応援するんだよ。それから、雄の受験も天国から応援しておくれよ。
2005年12月24日 父より
みなみへ
一昨日、3月7日は長中の卒業式に行ってきたよ。みなみのお友達もみんな卒業だよ。きっとみなみも体育館のどこかに降りてきてみんなのこと見てたんだろうね。宮道先生も新しい校長先生もみなみのことを話してくれたね。お母さんがみなみの卒業証書をもらってきてくれたよ。番号は入ってないけど、いいよね。卒業おめでとう。
2006年3月9日 父より
みなみへ
16歳の誕生日おめでとう!
5月7日
雄と大と父と母より
みなみへ
しばらく、手紙も書かずに、ごめんね。みなみのこと、忘れてたわけじゃないからね。今日で、もう3年だよ。どうして、みなみがいないんだろうと思うよ。高校1年生のはずのみなみ、天国で元気にしてるかな。天国で走ってるかな。勉強もしてるかな。今日は青木先生が来てくれたそうだね。良かったね。森先生はメールをくれてたね。道路にもお花をたくさんもらってたよ。うれしいね。
2006年8月21日 父より
みなみへ
ずいぶん、ご無沙汰で、ごめんね。みなみのこと、忘れてたわけじゃないからね。みなみは、天国で元気にしてたかな。もう、2007年のお正月だよ。雄も帰ってきて、久しぶりに家族5人そろったね。愛知県は2006年も死亡事故ワースト1位で、たくさんの人が悲しい思いをしているね。交通事故はいけないよね。死亡事故の無い世界に頑張ろうね。去年の名古屋シティーマラソンは森先生を見たよ。お父さんは10キロだったけど、森先生はハーフマラソンに出てたよ。すごいね。みなみは天国で走ってるかな。頑張るんだよ。ちゃんと勉強もするんだよ。またね。
2007年1月3日 父より
みなみへ
17歳の誕生日おめでとう。天国で元気にしてるかな。こっちはみんな元気だよ。ゴンチの目が片方白内障で白くなったけど、元気だよ。来週末の庄内緑地マラソンにお父さんとお母さんで出るよ。みなみも一緒に走ろうね。森先生からメールを貰ってたね。今年も長久手中学校だって。友貴奈ちゃんのお母さんからもメールを貰ってたね。
2007年5月7日 父より